2014.08.06 民間伝承 体感,印象,壮大,媒体,寝かせる,彷徨う,感覚,拠点,摺上川,撮影,数日間,日陰,機能性,無念,煮込ませる,猛暑,環境,瞬時,積乱雲,過去,違和感,長月,随分,風,風景,魅力,麻痺
連日の猛暑は印象を強く引き立たせるものであり、少しばかりの風と日陰を神頼みするかのように拠点を彷徨う感覚である。このような環境の中で瞬時に、美しくて機能性のある何かを思いつくことができれば新たなデザインとしておもしろいこともできるのだが、今はただ、この神頼みしてしまうほどに苦しいほどの猛暑をじっくりと体感しておくことがよいのだろうと思う。
先日も壮大な風景を写真でおさめるために、摺上川上流まで足を運んでみた。あいかわらずの猛暑ではあったが、猛暑であるほど空は青々しく、山もまた深くて壮大に見えるものである。上流にまで伸びた積乱雲も魅力的で、ついシャッターをきるのも忘れてしまうほどのものである。しかしながら、あまりにも壮大な現実を目の当たりにしながらカメラのシャッターをきっていると、それから数日間は写真そのものを美しいと感じることができないという感覚に陥る。それは、実際にその風景の規模の大きさや鮮やかさを目の当たりにしているため、写真というデータや媒体で見てしまうと、そのスケールのちょっとした違いに違和感を感じるからである。
それもひとつの麻痺した感覚であり、現物をみていない人物から見ればその写真は写真で随分と魅力的なのである。しかしながら当の本人はその魅力に麻痺して気付かないものであり、その作品のよいところを十分に伝えきることができない場合がある。私は、撮影した写真は数日から数ヶ月のあいだ『寝かせる』という手段をとっている。撮影したものを数日のあいだ寝かせることによって、撮影者本人も撮影したものを伝える際に、またその美しさを魅力的に表現した言葉選びができるようになるものである。
こうして私は、過去に撮影したいくつもの美しいと思った写真を寝かせ続けて、人に見せることもないまま忘れてしまうのがオチである、無念。
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