2016.02.12   音楽

同じ言葉を繰り返す意味は?エリック・サティから学ぶ繰り返し

同じ言葉を繰り返すことを老化のせいにするのではなく、一度言った言葉や考えであっても重要なことは何度も繰り返す必要がある。
ただし、短期記憶が研ぎ澄まされていればいるほど、繰り返しは気持ちの悪いものである。家具のような音楽の代名詞であるエリック・サティの作品の中に『ヴェクサシオン』という名曲があるが、これはもうタイトルからもわかるように同じフレーズをひたすら繰り返すことで聴いている人間に対する嫌がらせを意味する。
そして、祖父母がよく無意識にやってしまうような同じエピソードの繰り返しがある。これもまた『ヴェクサシオン』のようなものである。これらの事象は、若者が意識的に取り入れ、同じ言葉を繰り返すことでちょっと違った結果が生まれてくるというおもしろい事実もある。

会話中の言葉の繰り返しは嫌がらせである。

エリック・サティの『ヴェクサシオン』からもわかるように、とにかくそれが音楽ではなくて会話であっても、繰り返しというのは頻度がすぎると嫌がらせになりゆるわけである。これはすなわち、会話も捉え方を変えれば音楽であり、逆に音楽は会話でもあるのだ。基本会話の中にある一定の言葉を何度も短時間の間に聞くことは心地のよいものではないのであろう。そもそも、同じ言葉だけが連続されれば会話そのものも不自然である。

若い人間ほど同じ言葉を繰り返さない。

若ければ若いほど、同じような言葉の繰り返しを拒む傾向がある。大概は短時間のあいだに同じことを言おうとしたときに『これはさっき言ったことか』と頭の中で無意識に整理をするのである。ただし、人間というのは重要なエピソードであればあるほど、祖父母に関わらずそのエピソードを何度も話してしまう習性もある。重要なエピソードをある一定の感覚をあけて話すことは問題ではない。ヴェクサシオンのように、短時間のあいだに何度も繰り返すことが嫌がらせであるのだ。

繰り返しは強調である。

結論であるが、結局のところ言葉の繰り返しというのは言葉の強調につながる。祖父母が同じ話を繰り返しているのは聞き手によってはくどい印象を与える恐れもあるが、あとになって振り返ってみるとその繰り返した話ほど覚えているものである。
よって、言葉の繰り返しというのは印象はともかく、強調や訴えるという観点から考えるととても優れた話し方である。まさか祖父母が効率を考えて話すものではないと思うが、強い考えや思いがあるのであればとにかく口にし続けてみることが重要なのだ。相手に伝えるためのひとつの方法論になりゆるヴェクサシオン。
今回のこの記事の中にもヴェクサシオンたる同じ言葉の繰り返しが何度も取り入れられていたことにお気づきだろうか。この記事だけでも、ひょっとしたら嫌がらせの要素が十分に取り入れられているのかもわからない。


槍の間合いもまだまだだな。


枯れ木も山の賑わい。


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