2015.07.05 民間伝承 エネルギー,ブーツ,日曜日,破壊,賽銭,靴紐
いくつになっても宇宙の誕生や生い立ちをみてしまうと、いやはや破壊のエネルギーというのは凄まじく己の価値観を狂わすきっかけとなりうる。小学生時代にゴジラやプロレスごっこをしているとついつい子どもが暴力的になってしまうのもわからなくもない。
宇宙の構成と音楽だけはいつ何時でも美やマスターピースにおける極論であると勘違いをするような感覚で。美しい色合いの星々や惑星・宇宙空間に対しては、炎天下でかぶりっぱなしの麦わら帽子もまさに脱帽する状態を招くようであるが、何よりも強烈なのはやはり破壊のエネルギーなのである。自然から生まれる破壊のエネルギーばかりは、いくらゴジラやプロレスでもまかないきれないのは言うまでもない。
このような破壊の威力を目の当たりにしてしまった日には、静かな日曜日の午後にブーツを磨いたり靴紐を変えたりしてもどこか物足りなさを感じ、雨の中の散歩もそれほど負担がかからない。それどころか、近所の神社でどしゃぶりの中お賽銭をすることも容易いものである。神社でお賽銭をするときは大抵屋根付きであろうが、いくら屋根が大きくても蚊から逃れることはできないので。雨を避けるべきか、蚊を避けるべきか、そこにはもはや破壊のエネルギーも関与していないというのはこれまた不思議な生命のオチである。
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