2015.05.19 民間伝承 一見,判断,千見,基本,始末,思考,損得,本体,段取り,理,百聞,破壊力,簡単,罪悪感,表現,重要,間合い
基本的には理にかなった上での損得で判断する思考が好きであり、それはまた人間性の薄汚れた冷情ものである。そして、それらのすべてをあたかも簡単にねじふせることができるのは、間合いと段取りを兼ね備えた上でのユニークさである。この「間合いと段取り」というのが考えている以上に重要であり、例えるならばライフワークをも簡単にひっくり返してしまうほどの破壊力。つまり、はかいこうせんのようなものだ。
そして、おもしろいことにはその「間合いと段取り」が兼ね備わっていると、これまでふわふわと思い描いていたものや自分にとって利であることもすべてどうでもよくなる始末。やや汚らしい表現ではあるが、ふだん損得でモノゴトを判断することを好んでいた人種も、間合いと段取りを兼ね備えた上でのユニークさを目の当たりにすれば、自分が本来好き好んでいた判断基準なんてものはいとも簡単に崩すことができるのだ。
おもしろいのはここからである。それだけ間合いと段取りを兼ね備えた条件が重要だと述べておきながら、それは重要なだけであって『信じる』対象ではないということである。重要なだけであり、信じるということはまた全く異なる次元に存在する思考なのである。重要でありながら信じてはいない。すなわち『損得で判断する』ことに対しての民衆が持つ罪悪感たるものは、信じているか信じていないかというだけの違いで分け隔てられている。
「百聞は一見にしかず」とあるがこれは始まりの一歩であり、たかが一見で信じるべき対象にあってはならない。信じるべき拠り所というものは「百聞のあとの千見」あたりにあるようである。
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