2014.11.30   民間伝承 ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,

いのちをつなぐmini映画祭in天栄村で『ある精肉店のはなし』をみたのである。

友人の紹介をきっかけに『いのちをつなぐmini映画祭in天栄村』の上映会に足を運ぶこととなった。今回のプログラムは、午前中が親子でアニメーションづくりのワークショップを、午後からは『ある精肉店のはなし(監督:纐纈あや/プロデューサー:本橋成一)』と『天に栄える村(監督 編集:原村政樹)』の上映会であった。なお、今回はこれらのワークショップ及び上映会をまとめた『いのちをつなぐmini映画祭in天栄村』の広告用リーフレットのデザインを担当させていただくこととなった。

今回の映画祭参加にあたって自身のモチベーションをより高めておきたいと思い、午前中はチャップリンの『街の灯(1931)』、『モダン・タイムズ(1936)』、『独裁者(1940)』をそれぞれ見直すことにしたため、午前中のワークショップには参加していない。長編ドキュメンタリーとはいろいろな意味で趣旨が異なっているようにも感じたが、朝になって『見たい!』と自身が強く感じてしまったのだから抵抗のしようがないのである。

ある精肉店のはなし

さて『ある精肉店のはなし』であるが、とにかく強く印象に残るものであった。観た人であれば誰もが衝撃を受けたであろう冒頭の部分はもちろん、全体の家族の温かみであったり、コピーでもある『いのちをたべていのちは生きる』という意味を素直に受け入れることのできる作品であった。観た直後も衝撃はのこるが、どちらかといえば2,3日経過したあとにふと、映像全体の雰囲気をひしひしと感じることのできる作品であったのではないかと思う。民族としての差別問題なども作品の中には多く組み込まれていたが、何より普段の自分の生活にはない風景や感じ方、毎日の仕事内容と生活にはただただ眺めることで感情と意識が芽生えていく感覚である。

いろいろと伝えたいこともあるが、今回ひとつ言えることは、何もドキュメンタリー映画祭の意識を高めるためにチャップリンをみなくてもいいのではないかということである。午前中に3本もチャップリンをみることで、ドキュメンタリーの真面目な要素を取り入れている部分で、どうしても笑いがあるのかと構えてしまう自分がどこかにいたからである。当然の話ではあるが、大抵そのようなところで笑いはおきないし、そもそもそのようなことを上映中に想像している自分に情けなさを感じるのである。


槍の間合いもまだまだだな。


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