2017.09.07   民間伝承 ,

雪駄を10年履いてみたメリットとデメリットは?健康も考える。

ふと気づいたのだが、私は雪駄がとても好きである。かれこれ10年以上履き続けている。どのくらい雪駄が好きかというと、できるのであれば1年間を通してずっと履き続けたいくらい雪駄が好きである。しかしながら、季節的に寒くなる秋から冬にかけてはどうしても寒くて雪駄を履くことはできない。

ただ、その寒ささえなければ私は出勤でも勤務中でもかまわず雪駄を履いて働く。そのくらい雪駄が好きである。こんなに寒いと雪駄は履けないだろうと思うのが、どうして寒いと履けないのに『雪駄』の字のごとく、雪がつくのかなど疑問点もある。

そりゃ雪駄の由来を調べればすぐわかることだろうが、何も知らなければ「雪の日は駄目だから雪駄なのか?」など、わからないこともある。ここで、雪駄を履いて10年、10周年を記念して自分なりに雪駄についてまとめておきたいと思う。

そもそも雪駄の由来って何なの?

雪駄の由来は何か?私はてっきり『雪の日は寒くて駄目だから雪駄かな?』なんて思っていたが、実際にはそういうわけではなかったようだ。雪駄の語源と由来を調べてみると、どうやら『駄』は昔でいう履物のことを指し、丈夫なつくりで雪の上でも歩けるため、『雪』とあわせて『雪駄』というようである。私は10年以上、寒い日や雪の日だけは雪駄を避けていたが、どうやら本来は雪の日でも大丈夫という意味での雪駄であったようだ、あしからず。

下駄と草履(雪駄)の違いとは?

さて、ここで昔から日本人に慣れ親しんでいる似た履物の定番『下駄・草履(雪駄)』について簡単に違いをまとめた上で、自分自身でいろいろ履き試した感想を述べておきたい。ちなみに雪駄と草履は同じジャンルというか、草履の中の雪駄という認識でよいだろう。

下駄
いろいろみていると現代人は下駄と雪駄の違いでさえもよくわからない人が結構いるみたいだ。由来や語源など細かいところはともかく、下駄とはどんなものかを簡単にまとめておきた。ずばり、下駄は木製であり、草履(雪駄)は合皮・革・布・畳(竹皮など)などである。これが最もわかりやすい違いではなかろうか。それぞれ歩いたときに下駄は木製であるため固く、カタカタと音がする。履き心地はともかく、そのカタカタという音が夏を感じさせる音なのである。

草履(雪駄)
下駄と草履と雪駄の違いとして題したが、正しくは下駄と草履(雪駄)の違いというのが正しい。雪駄は草履のカテゴリーに属するものであるようだ。先ほど述べたように、草履とは合皮・革・布・畳(竹皮など)を材料とし、そこに皮を貼って防水機能を加えたり、皮底のかかと部分にプロテクター(後金)を追加することで傷みにくくすしたものである。下駄と比べると、表面は柔らかく足裏にうまくフィットしている感じがすぐにわかるだろう。私はこの履き心地に惚れて、下駄よりも雪駄ばかりを履き続けている。

雪駄を10年履いて気づいたメリットは?

ここで、私が実際に10年以上雪駄を履き続けてみた感想をただ述べてみたい。

  1. 履きたいときに、さっと履ける。
  2. さっと履けるのに、鼻緒もあるから安定感がある。
  3. 下駄と違って、表面がやわらかくて吸収性がある。
  4. サンダルと違って、鼻緒がやわらかくて痛くならない。
  5. スリッパと違って開放的で、足が蒸れない。
  6. ブーツと違って蒸れないし、手入れもしやすい。
  7. サンダルよりも落ち着いてみえる。
  8. 裸足よりも足が汚れない。
  9. 伝統的なデザインが自身の美意識を芽生えさせる。
  10. 和の雰囲気が心を落ち着かせる。

ざっと思い出すと、雪駄は本当にいいところだらけである。

あまり気にならないけど、あえてデメリットは?

上記でこれだけいいところは説明したが、逆にデメリットをあげようとするとなかなか思い浮かばない…そのくらい雪駄が好きである。ただ、何もデメリットをあげないとあまりにも不公平な記事になってしまうので、強いて少しだけでも雪駄のデメリットを挙げるべく、雪駄との10年間を思い出しながら述べておく。

  1. 鼻緒の部分が抜けるというか、意外と壊れやすい。
  2. 鼻緒の跡がくっきり残るような日焼けをする。
  3. 数十分歩いていると、足裏も意外に汚れている。
  4. 服装に影響を与えるというか、和服意外は合わせづらい。
  5. 時と場合を考えないと履くタイミングを失う。

…と、雪駄のデメリットを思い浮かべてみると意外といっぱいある。が、これは雪駄だけに言えることではなく、下駄やサンダルなど、靴以外のものであればどうしても逃れられないデメリットになるだろう。つまり、雪駄だけを責めてもどうしようもないもので、やはり靴以外のジャンルで考えれば雪駄は私にとってかけがえのないアイテムであることは間違いない。

10年履いたけど、雪駄は健康にいいのか?

さて、雪駄を10年も履き続けているが、そもそも雪駄はというのは健康によいのだろうか。よく靴やサンダルの健康の話になると、靴やサンダルというのは西洋の文化でもあり、どうしても日本人の体型・体質にはあわないというような内容をよく耳にする。

とはいっても、日本では物心のつく幼稚園時から小学校・中学校・高校と指定の上履きや通学靴など、とにかく自分に合っているか合っていないかは関係なく、靴や上履きを履かなければならない習慣が成立してしまっている。

いわゆる、「足育(そくいく)」というものに関わってくる。現代の子どもたちは昭和の子どもたちと比較すると圧倒的に足が弱く、運動能力も落ちているといわれているのだ。

足育というのは、そのように現代の子どもの足の弱さや運動能力の低下を足元、すなわち履物から見直す教育のことを指している。足育を意識した幼稚園や保育園が年々普及しているのである。よくあるのは、裸足教育といわれるものである。

結論からいうと、草履(雪駄)は健康にはとてもよいものだということがわかっている。というのも、雪駄というのは足裏にほどよいやわらかさでフィットするため、足の土踏まずを繊細に形成していることが挙げられている。人間の足裏のアーチの形成に欠かすことのできない動作に『足指を使う』ことが条件にあるが、雪駄だと足指を無意識につかっているのである。この足指をつかうというのも、靴を履いているとどうしてもかかと部分に重心がのってしまうことが問題視されている。足指ではなく、かかとに重心のかかる習慣がついてしまうとその後の運動能力にも大きく影響してくるのである。そりゃ裸足で歩けることに越したことはないが、裸足では外を歩くにはリスクも多いため、ここは雪駄推しとさせていただきたい。

ビーチサンダルでは何が健康によくないのか。

雪駄とビーチサンダルを見比べてみると、正直なところ見た目ではさほど違いがあるようには思えない。雪駄とビーチサンダルは、実際に履いてみないとわからないものである。ということで、実際に履いてみての違いを述べておくと、ビーチサンダルは雪駄ほど吸収性()クッション性)がなく、鼻緒部分の伸びがないので安定感がない。雪駄と履き比べても明らかに鼻緒の部分が痛くなる。このちょっとした差が、人間の身体に大きく悪影響を与えているわけである。衝撃性・安定性・通気性をいかに生成させるか。これが履物を考える上で欠かせない三大要素になる。

ただし、ビーチサンダルにも海などのレジャーシーンにおいて、一時的に砂浜やビーチなどで数分程度履く分には悪くない。問題は長時間コンクリートの上などを歩き続けることを想定したときに、ビーチサンダルがあまり適していないということである。

雪駄を10年履いてみたまとめ。

長くなってしまったがこの10年間、雪駄を履いてみた感想を述べると、やはり『衝撃性・安定性・通気性』という三点を考えた上で、最も優れている履物であることは間違いがないだろう。寒い時期だけはどうしても足元が冷えてしまうので履くことが難しい局面ではあるが、その時期さえ除けば年間のほとんどを雪駄で過ごしても問題はないだろう。取り急ぎ私は今後も屋外活動のほとんどを雪駄で過ごしていきたい所存である。


槍の間合いもまだまだだな。


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