2015.03.02   視覚表現 ,,,,,,,,,,,

間宮精一氏なくしてMAMIYA-6は生まれなかったのだから。

MAMIYA-6ときくと、あーなんとも昔のカメラをみてしまったなと思う。クラシック感という言葉もはるか遠くに透き抜けていくような、MAMIYA-6。折りたたみされるレンズ部分は今のデジカメでは再現できないだろうなと思うほどの遊び心である。
名前も知らぬままマミヤシックスを見かけては、あー戦前や戦後につかわれていたのかなどとも思うがあまり深追いもせずに、ただ眺めているのである。日本を代表するヒストリック・カメラといえばマミヤ-6IV-Bとよばれるものがあり、どうやらI型における最初のモデルが発売されたのは、1940年の太平洋戦争直前であるといわれている。
こうなってくると、どうしてもマミヤシックスをつくったのは誰かと思えてくるのだが、そこででてくるのが間宮精一氏である。間宮氏とはどんな人物なのかを解説するのがブログチックではあるが、ここでは一切力説しないのがまたポイントである。だが、かわりに撮影はしておいた。おまけに1985年に発売されたペンタックス初のワインダー搭載『PENTAX A3DATE SMC PENTAX-A ZOOM 1:4 35-70m(1985) 』も。


槍の間合いもまだまだだな。


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